2011年06月02日

『社会保障と福祉国家のゆくえ』齋藤純一・宮本太郎・近藤康史編

477950564X社会保障と福祉国家のゆくえ
齋藤純一・宮本太郎・近藤康史編
ナカニシヤ出版 2011-05-30

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2011年03月08日

『若者問題と教育・雇用・社会保障』樋口明彦・上村泰裕・平塚眞樹編

4588602543若者問題と教育・雇用・社会保障 (現代社会研究叢書)
樋口明彦・上村泰裕・平塚眞樹
法政大学出版局 2011-03-11

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2008年09月24日

オーストラリア調査

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 9/7(日)から、オーストラリアにおける若年者雇用問題のインタビュー調査。Mutual Obligationというワークフェア的な傾向が強い一方、給付とサービス提供を一元化しているシステムは、とても参考になる。とりわけ、Centrelinkの機能は刺激的だ。資料も十分に集まったので、研究へと積極的に反映していきたい。


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2008年07月25日

ゼミ横浜市調査、黄金町めぐり

 2008年7月12日(土)は、3年生のゼミ活動の一環で、横浜市調査へ行く。

*

 13:30~16:00、「横浜市市民活動支援センター」で聞き取り。Kさん、ありがとうございました!

 16:00~、徒歩での横浜市めぐりへ出発。とにかく暑い・・・。
桜木町から、だらだらと歩いて、黄金町へ。

 途中、まちづくり&アートのプロジェクトである「黄金町バザール」で、スタッフの方にお話を聞く。なるほど、おもしろいなぁ。というわけで、後期の授業「コミュニティデザイン論」でゲスト講義をしていただくことに。楽しみだ~
 ここから、道中、Sさんに、案内をしていただくことに。本当に感謝です。

 そのあと、映画館「ジャック&ベティ」のコミュニティ・カフェで、支配人の方にお話を聞く。なるほど、これもおもしろいなぁ。暑いし、ゼミ生の許可ももらって、缶ビールを飲む。う、うまい・・・

 いい感じになってきたので、横浜スタジアム横の「ZAIM」へ。そこで、「NPO法人コミュニティデザイン・ラボ」のお部屋にお邪魔を。いろいろな関係者が、ZAIM前で打ち合わせ、あるいは密談? これが噂のクリエイティブ・クラスなのだろうか、やはり地理的な凝集性は重要だ。

 時間がないので、そのまま打ち上げへ。とにかく、ビールがうまい! 残念ながら、時間がなくて、予定していた寿町、BankARTには行けなかったが、しょうがない。

*

 関係者の方々には、お世話になり、本当にありがとうございました。
 とても、おもしろかったです!
 秋の「横浜トリエンナーレ2008」も楽しみだ。

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2007年12月06日

フィンランド調査

 11/19~11/26まで、フィンランドの若者政策を調査。
 改めて、いろいろ気づいたことが多かった。
 いずれ、福祉レジームの違いに留意して、レポートを作成する予定。

 写真はスオメンリンナ島にて。
 淡い光のなかに浮かび上がる月が死を思わせる。

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2006年07月28日

ニート/ひきこもりについて

 ブックレットの執筆にむけて、着々と準備中。昨日は、ジョブカフェサポートセンターに行って、いろいろと全国の状況を教えていただき、調査候補地を決めました。

 準備作業として、ニート/ひきこもりについて、いくつかの文章を書きました。関心のある方は、お読みいただければ幸いです。

1.「若者の社会的排除に逆らって―「労働への参加」と「社会への参加」」『現代の理論』2006年夏号Vol.8: 56-67.

2.「若者支援の最前線―ニート・ひきこもりを支えるNPO」『NPOジャーナル』2006年7月号No.14: 18-21.

3.「ニードに基づく若者支援にむけて―ニート支援再考」『少年育成』にて予定.

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2006年04月14日

福祉社会学会第11回研究会

 Blog更新が滞っている今日この頃です。
 ほんまに、ゴールデンウィークが待ち遠しいです・・・

★福祉社会学会第11回研究会

若者と社会的排除
雇用をめぐる状況を中心に

日時:2006年4月15日(土)14:30-17:00

場所:東京大学本郷キャンパス山上会館

報告者:宮本みち子(放送大学)
司会:三重野卓(山梨大学)
討論者:樋口明彦(法政大学)

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2005年12月01日

セミナー「社会的包摂と正義―グローバル化時代の2つの世界、2つの規範―」

インターフェイスの人文学
トランスナショナリティ研究

★第67回連続セミナー「グローバル化とシティズンシップ(第4回)」
「社会的包摂と正義―グローバル化時代の2つの世界、2つの規範―」

★講師   
大阪大学大学院人間科学研究科博士後期課程
樋口明彦

★日時
2005年 12月 2日(金) 16:30-18:30

★会場
大阪大学大学院人間科学研究科(吹田キャンパス)
東館2階 ユメンヌホール (参加無料)

★講演要旨
 グローバリゼーションによる不平等は、現代社会における喫緊な問題の一つである。ただ、豊かな国における不平等概念が、所得の多寡という「貧困」から、職業の不安定さ、教育程度、世帯状況、国籍の有無、健康、地域環境、社会参加など多元的指標を内包する「社会的排除」へと拡大する一方、飢餓・健康不良・暴力に見舞われ、もっとも基本的な人間への保障が欠けている貧しい国々も存在する。不平等問題がナショナルな局面とトランスナショナルな局面へと分岐していく現在、いかなる応答が可能なのだろうか。
 今日、ナショナルな局面では、ヨーロッパ諸国を中心に、「社会的排除」の克服を目的とする「社会的包摂」が政策目標として掲げられている。また、トランスナショナルな局面では、国際機関やNGOによる人間開発の試みが進み、その理論的支柱の一つとして「正義」に関わるケイパビリティ・アプローチが展開されている。
 本報告では、「社会的包摂」と「正義」という2つの規範概念を比較・検討したうえで、その交差点に定位しながら、グローバル化時代における社会保障の枠組みについて考えることにしたい。

★講師紹介
 専門は社会学・社会政策論。 2000年、大阪大学大学院人間科学研究科にて修士号を取得。マックス・ヴェーバー研究、社会的排除/社会的包摂アプローチの理論研究のほかに、ひきこもり・ニート・フリーターなど若者政策に関する実証研究を行っている。2004年に執筆した論文「現代社会における社会的排除のメカニズム―積極的労働市場政策の内在的ジレンマをめぐって」(『社会学評論』217)は第4回日本社会学会奨励賞(論文の部)を受賞。他の主な業績に、「グローバリゼーションと社会的排除―メンバーシップの再編をめぐって」(21世紀COEプログラム「インターフェイスの人文学」報告書『トランスナショナリティ研究 グローバル化と市民社会』、2004年)、『分岐点に立つひきこもり』(石前浩之・上田陽子・金城隆一・田中俊英と共著、ドーナツトーク社、2005年)、「移行できない若者たち―大阪地域職業訓練センターにおける若年者自立支援事業の現状と課題」(亀山俊朗と共著、『季刊家計経済研究』63、2004年)などがある。

★問合せ先 
大阪大学大学院人間科学研究科 人類学研究室
06-6879-8085(直)
06-6877-5111(代)

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2005年11月03日

マーサ・ヌスバウム礼賛

 10月28日(金)は、「倫理・経済・法:不正義に抗して」という国際カンファレンスが立命館大学であった。社会的排除の研究を続ける中で、近年のケイパビリティ・アプローチを避けるわけにはいかないので、ここしばらくアマルティア・センやマーサ・ヌスバウムの著作を読んできた。その講演が聴けるというので、いそいそと出かける。

★「経済・法・倫理」アマルティア・セン
 正義の問題に関して、センは、政治哲学的推論に基づくロールズの超越的アプローチではなく、むしろ制度間の「比較」を通じて、社会制度の良し悪しを序列付ける関係的アプローチを擁護する。

★「正義と公共的相互性」後藤玲子
 シングルマザー調査をもとに複層的な公的扶助制度の可能性を吟味している。その際、権利と責任という原理以外に、一方向的な移転を許容する公共的相互性という原理を導入している。複層的な公的扶助制度の発想は、わたしの社会的包摂の複層性の議論に近いと思う。

★「ジェンダー・ジャスティスの挑戦」マーサ・ヌスバウム
 ジェンダーにおける正義という問題設定のなかで、「自然の脱自然化」を指摘する。なぜなら、女性に対するラベリングは、「そもそも、女性は~だ」という本来=自然論に行き着くことが多いからだ。

 ※

 最近、社会的排除の政治的側面、つまりシティズンシップあるいは人権という問題領域を考えるにつけ、何らかの普遍的価値を考察する必要性に迫られてきた。というのも、社会的排除を考えるとき、シティズンシップや人権を政治的=法的議論に特化してしまうと、現状追認的な分析しかできないからだ。その際、普遍的価値の持つ規範的意味、さらには普遍的価値がもたらす実践的効果を議論することが必要だと思っている。

 このような関心のなかで、マイケル・ウォルツァーとともに、インスピレーションの源になるのがマーサ・ヌスバウムだった。また、絶好のタイミングで『女性と人間開発』(岩波書店)の翻訳が出版された。洋書の時には、部分的にしか読んでいないし、理解も不十分だったので、いま読んでみると、やっぱ面白い。
 やはり、社会的排除の規範論を考えなくてはならない。

 今年のベストの一冊だ。

4000234153女性と人間開発 潜在能力アプローチ
マーサ・C.ヌスバウム 池本 幸生 田口 さつき
岩波書店 2005-10-26


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2005年10月24日

日本社会学会、顛末

 22日(土)より、日本社会学会@法政大学(多摩)。
 今回は、奨励賞をいただくことになったので、初めて総会に参加した。総会があるのは知っていたが、こんな感じだったのか・・・・・・。もちろん、全会員に開かれているが、何らかの役を担っている偉い先生方が多い印象。
 あと、懇親会も初参加。いろいろな学会事情?が聞けた。

 23日(日)は、「社会的包摂としての若者政策―フリーターとニートの分水嶺をめぐって」を研究報告。即効で、時間オーバーになってしまう。本当は、ベタな大阪の実践話をしたかったけど、まあしょうがない。けど、書くべきことがはっきりしてきたので、論文で発表したほうが早いと納得。

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2005年10月21日

日本社会学会@法政大学(多摩)

 もう、日本社会学会だ。はえ~。

 今回は、23日(日)に「社会的包摂としての若者政策―フリーターとニートの分水嶺をめぐって」を発表する予定。いま、原稿の最終チェックをしてます、って遅すぎるか。
 学会には、22日(土)から行く予定。社会政策学会に引き続き、また八王子で泊まるのか。

 実は、22日(土)は、別のイベントに参加する予定だった。というのも、『関西版≪社会的ひきこもり≫支援ガイドマップ』に引き続き、『首都圏版≪社会的ひきこもり≫支援ガイドマップ』が完成したのだ。そのお披露目イベントが、そう22日にある。はたして、大阪と東京の反応はどのように違うのか、両者の違いから、いろいろと示唆を得ることもあるだろうと期待していたのに。参加できなくて、本当に残念・・・

 しょうがないので、23日の午後からは、横浜トリエンナーレに行くぞ。つまんなかったらどうしよう・・・

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2005年10月07日

第4回日本社会学会奨励賞(論文の部)受賞

 突然ではありますが、このたび、第4回日本社会学会奨励賞(論文の部)を、いただくことになりました。

 対象論文は、「現代社会における社会的排除のメカニズム―積極的労働市場政策の内在的ジレンマをめぐって」『社会学評論』217(2004年)です。実際に雑誌に掲載されたのは2004年ですが、原稿を提出したのは2003年の初め。つまり、かれこれ2年半は経っていて、ずいぶん昔のように感じます。ともあれ、論文が評価されたのは、単純にうれしいです。

 『社会学評論』投稿時に査読していただいた方(どなたであるかは、わかりませんが)には、ぜひともお礼を申し上げたく思います。査読時の厳しいコメントによって、論文がずいぶん良くなったことは、何よりも筆者自身が感じました。ありがとうございました。

 10月22日(土)・23日(日)開催予定の第78回日本社会学会(法政大学)では、簡単な授賞式もしていただけるそうです。感謝。とはいえ、23日には、学会発表「社会的包摂としての若者政策―フリーターとニートの分水嶺をめぐって」を控えている身なので、そちらの準備をしなければ。

 余談ですが・・・
 実は、賞については、師匠である先生から教えていただいたのですが、別の仕事中でもあったため、つい「マジッすか?」とタメ口で応えてしまいました。反省。


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2005年08月27日

フリーターとニートの分水嶺

 今年の関西社会学会(5月)において、フリーター調査に関する共同報告を阪大チームで行ったが、その調査結果が本になる予定。

 予定タイトルは、『フリーターとニートの社会学』(世界思想社)。わたしは、「社会的ネットワークとフリーター・ニート:若者は社会的に排除されているのか?」という章を担当する。

 8月24日(水)、フリーター・ニート研究会にて、論文の草稿を報告する。やっぱり人前で発表することで、自分のなかで筋道がずいぶんはっきりした。というか、余計な部分がはっきりしたと言える。

 論文では、ニート問題が登場した背景を述べたうえで、若者に対する社会的ネットワークの意義を述べることにしたい。就職活動、相談できる人々、学校との親和性、余暇活動などの役割を分析する予定。

 フリーターやニートの問題を通じて、日本における社会的排除/包摂のあり方を問えるようにしたい。が、これはわたしの最大テーマだから、別論文にて継続的に書き綴っていこうと思う。

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2005年07月11日

社会的排除と「労働者文化」の退潮

 「職場の人権」7月例会のあと、熊沢誠さんと。

 熊沢さん曰く、イギリスにおける社会的包摂という政策動向は、強力な包摂機能を担ってきた労働者文化が退潮したために生じたのではないか、と。これまで、労働者文化は、学校や社会の主流文化から独立して、人々の意識や行動の背景を形作ってきたが、それが崩壊したので、コミュニティによる代替的な包摂手段が必要となった。

 なるほど。確かに、社会的排除/包摂の文脈に労働者文化の位置づけはない。ただ、それは社会的排除があくまで社会のマージナル層に対応して出現したものだからなのか、あるいは、その出現には労働者文化の変化が前提条件となっているのか。社会的包摂は、地域・NGOなど、労働者に代わる集団に準拠しているのも事実。
 労働組合と社会的包摂の関係について、これから気をつけてみよう。現在の労働組合は、社会的排除についてどう思っているんだろうか。

 P.ウィリス『ハマータウンの野郎ども』を再読しよう。

 ※

・・・と書いたら、イギリスの労働者文化や日本の文化政策をごりごりと研究しているお方より、強いツッコミが入った。というわけで、以下の本も加えます。

 R.ウィリアムズ『長い革命』

 つーか、絶版やし・・・


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2005年06月14日

自己コントロールというユートピア?

 はたして、自己コントロールは可能なのだろうか?

 現在、働くことには、長時間、過密な勤務形態、希薄な職場関係、そもそも仕事内容が不本意だったなど、いろいろなマイナス面があることが多い。これは、言い換えると、自分が労働に規定されているわけだから(疎外!)、その逆は自己コントロールとしての労働にあるのかもしれない(自主管理!)。

 つまり、新しい働き方なんだけど、それは可能なのだろうか? むしろ、それは生き方に近いのかもしれない。いま、それを考えている。

 若者の問題について考えた場合、それはどうなるだろうか。今週に、行われるシンポジウム「希望のニート@大阪」でも、中心的なテーマはそのあたりになると思う。

 今までの、ニート問題では、どうしても社会からの要請、つまり社会復帰というコンテキストが強かったように思う。つまり、就労支援の対象としてのニートだ。

 他方、NPOで働くこと、会社以外で働くことなど、スローワーク的な方向性は、確かにありえる。今回、出版された『希望のニート』という本の趣旨も、そのあたりにあるといえるし、その他、生涯学習やアートなど、既存の効率重視の秩序にとらわれない領域も活性化しつつある。
 ただ、このようなオルターナティヴな働き方の場が、必ずしも整っているとはいいがたい。そもそも、自己コントロールのもとで、こうした働き方を選択することは、途方もない努力を必要とするだろう。さらに、労働条件だって、良いわけではない。平たく言えば、個人レベルで考える限り、実行できる人は限られてくる。
 そうなってくると、その働き方の創出は、当初から、いわば集合的なものになってくる。ニュースタート事務局で構想されている「雑居福祉村」とは、そういう試みなんだろうか・・・
 といわけで、シンポジウムでは、自己コントロールならぬ、集合的コントロールがテーマになると思う。

  ※

 それに対して、ニートや、特にひきこもりの場合、「動くことができない」という自己コントロールの問題も依然残っている。この問題に関しても、同時に考えている。でも、どっちかといえば、これは、トークライブ@新今宮「人生にYes No枕! 摂食障害・ひきこもり・ニートの人間関係学」のテーマだな。

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2005年06月13日

第69回「職場の人権」例会、労働者の利益をどう守るか?

 6月11日(土)は、研究会「職場の人権」の例会に参加。

 「ドイツにおける労働組合と従業員代表による労働条件規制の交錯―従業員代表の活動及び役割を中心に」をテーマに、藤内和公(岡山大学)さんがご報告。とても、面白かった。下記、紹介文。

 ドイツでは、労働者の利益は労働組合と従業員代表の2つの方法で代表されます。

 組合は、産業別・企業横断的に労働協約を通じて労働条件を規制するのに対し、企業内では法律にもとづいて従業員代表が選出され、企業の事情を考慮して定められる事項(たとえば、労働時間の配置、賃金支払方法、解雇・配転などの人事的事項)を規制します。

 従業員代表は、組合とは別に、企業および事業所の労働者全員を代表して選出されます。

 それは、争議行為を行うことは禁止され、使用者と話し合いによって使用者側と労働者側の利益を調整する役割を果たし、その活動に必要な費用はすべて使用者が負担します。

 今回は、まず、労働協約による規制と企業内の規制の相互関係を紹介し、そのうえで、企業内で労働者利益を代表する従業員代表の具体的な運営の様子を紹介し、従業員代表が解雇規制、人事考課、採用などで労働者保護のために果たしている役割を紹介します。

 ドイツにおける労働者の利益は、いかに守られるか、そのシステムについて述べられた。簡単に言えば、利益を代表するシステムが、二重になっており、それぞれが相補的な機能を担っているらしい。

〇労働組合
〇従業員代表 (Betriebsratなので、直訳すると経営評議会か。ただし、実際の機能を考えると、従業員代表のほうが意味の伝わる適切な訳だと言える)

 かなり詳細な議論だったので、内容は後日発行される会誌を見て欲しいけど、非常に示唆的な点が多かった。そもそも、従業員代表という機能すら、知らなかったし。旧態依然の社会制度が形骸化しているいま、新たな利益代表のシステムを考えることは、必要な作業の一つだと思う。コメンテーターである根本到さんは、日本におけるインプリケーションについてご報告。これも、示唆的だった。

 若者の就労問題に関して、どのような制度的デザインを考えることができるのか、そのことと照らし合わせながら、ずっと聞いていた。とりわけ、今力を入れている問題は、フリーターやニートの問題に、雇用環境の悪化(長時間労働、過剰な負担、非典型雇用などなど)に関する視点を、どう絡めるか。
 どうしても、社会学の視点は、学校から職場への移行に焦点を当てるのだが、その行き着く先である雇用の現場を視野に入れなくては、本末転倒するのも事実。その意味で、労働経済学や法学の見方を加味する必要がある。もちろん、社会学の見方も必須だけど。
 はたして、ニート・フリーターは、事前の問題(社会学)なのか、事後の問題(経済学)なのか。もちろん、その真ん中の問題なんだけど、その際の分析視角を模索している最中。

 次回の例会は、「排除される若者たち―フリーターと不平等の再生産―」がテーマで、わたしがコメンテーターをする予定。
 本来なら、社会的排除の問題系でコメントするんだけど、それ以上に、雇用問題との関係について考えてみたいのも事実だ。そのあたりの判断は、いま集めているデータ収集の程度によるんだろうな。

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2005年06月07日

ロナルド・ドーア氏の講演がビデオ配信中

 今年の春に、JILPTで行われたドーア氏の講演が、レジメつきでオンライン配信されています。『働くということ』(中公新書)は、その見事なバランス感覚に貫かれた本で、かなり示唆を受けました。ほんま、おもろい。あんな本が書ければな。
 
 以下で、配信中。

★JILPT国際フォーラム

市場個人主義の時代
-ロナルド・ドーア氏(ロンドン大学名誉フェロー)講演-

日 時:2005年4月28日(木)14:00~16:00
場 所:労働政策研究・研修機構 (大同生命霞ヶ関ビル6階)

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2005年05月30日

関西社会学会が終わって

 なんとか、関西社会学会での報告も終わった。予想通り、準備に時間がかかったが、まあ慣れない作業(統計・・・)だから仕方がない。報告会場には、多くの方々にお集まりいただいて、関心の高さもうかがうことができた。とはいえ、その関心の理由は、アカデミズムもさることながら、非常にプラグマティックな理由、つまり昨今の大学(特に進路担当者)によるフリーター輩出への危機感にあるような気もする。

 報告に関しては、なかなか社会的ネットワークと従業上の地位(正社員/フリーター/ニート)との因果関係を見出すのは難しかった。相関関係はみいだせるのだが。

① まず、従業上の地位そのものに明確な区分を想定することが難しい。転職過程を考えればわかるように、正社員―フリーター―ニート間の移行は容易に起こりうる。つまり、相互排他的な固定的カテゴリーではないのだ。

② また、社会的ネットワークが、独立変数にはなりにくい。従業上の地位の結果、社会的ネットワークの強弱が決定される部分も少なくない。

③ そうした意味でも、時間軸がはっきりと決定される移行局面(例えば、就職活動)において、社会的ネットワークの役割を特定することのほうが、因果関係が明確になる。

 なんとか、アウトラインはできたので、今年中に論文にまとめることにしたい。社会的ネットワークは、今年の日本社会学会のテーマセッションにもなっているみたいだし。

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2005年05月14日

社会的排除とコミュニティケア研究会

 2005年5月13日(金)は、「社会的排除とコミュニティケア研究会」にて、書評報告。社会的排除の基礎文献でしょう。なんか、初版(1999年)とずいぶん内容が変わっているな。

 『グローバル化と社会的排除―貧困と社会問題への新しいアプローチ』アジット・S・バラ&フレデリック・ラペール,福原宏幸・中村健吾監訳,昭和堂。

 

4812205115グローバル化と社会的排除―貧困と社会問題への新しいアプローチ
福原 宏幸 中村 健吾
昭和堂 2005-04

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2005年05月06日

ロナルド・ドーア研究会

 2005年4月30日(土)、龍谷大学にて、ロナルド・ドーアさんを囲む特別研究会に出席。テーマは、「80年代イギリスの青年問題と日本の若年失業の現状」。近著『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味―』(中公新書)の上梓もあり、示唆的な点が多かった。

 何よりも目立ったのは、ドーア氏の現状認識におけるバランス感覚、特にマクロ的パースペクティヴとミクロ的パースペクティヴのバランス感覚である。ああ、社会学者なんだとひとり納得した次第だが、こんな本を書く社会学者ってあんま思いつかない。
 著書の冒頭で、リフレ派のように、日本のデフレ不況を消費需要の不足とあっさりと指摘しながら、経営者による労働強化の現状を分析する一方、典型雇用/非典型雇用による分化、さらには不平等の拡大を指摘する。そのなかでも、とりわけ深刻な影響を受ける層(例えば、日本の若年失業者。私の言葉で言うと、社会的排除の問題)の存在を述べるにあたり、外発的報酬(給料・賃金外給付)だけでなく、自尊心self-esteemや社交的楽しみなど内発的報酬などの重要性を強調していた(p.65)。

 研究会では、かつてドーアさんが調査したyouth Training Scheme(1983~1990)に関するペーパーを中心に報告がなされた。YTSは、日本で言うところのトライアル雇用みたいなもんでしょうか。できれば、ブレア政権以後のニューディール政策に関しても、詳しくお聞きしたかったが、そこまで余裕がなかった。

 私も、日本における若年者雇用の問題に関しては、雇用政策の改善あるいは積極的労働市場政策の強化だけでは限界があり、自治体レベルでの地域を基盤として、NPOなどの多元的アクターを活用した制度的枠組みを視野に入れる必要があるのではないかと発言した(なんか文字で書くと、国会答弁みたいだ・・・)。
 その後の方向性として、労働と所得を分離するベーシック・インカムの話も出て、実証主義にとどまらない議論が展開された。

 私としては、社会的ひきこもりやニートの問題を考えるなかから、上記で述べたような考えを導き出したのだが、いくつかの視点が欠けているのも実感している。前回の『フリーター漂流』研究会の開催動機でもあるけど、派遣や請負など、私たちの働き方が急速に変化=不安定化してきているという事実である。つまり、雇用形態についての視点である。
 とりわけ、『働くと言うこと』のなかに出てくる記述が示唆的だった。すなわち、「仕事―失業」という軸と「低賃金―無賃金」という軸が、いまやクロスオーバーしているという視点である(p.12)。「雇用機会配分の不平等」と「一時間あたりの労働所得の不平等」との連関を視野に入れて、もう一度、大阪における若年者就労の問題を考え直してみようと思っている次第。

◆ロナルド・ドーア『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味―』は、非常に分かりやすく、一読をオススメします。

働くということ - グローバル化と労働の新しい意味
ロナルド・ドーア
中央公論新社 2005-04-25


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2005年04月24日

フリーターへのインタビュー調査のいま

 最近、フリーターに対するインタビュー調査の結果が相次いで刊行されている。

フリーターとニート
小杉 礼子
勁草書房
2005-04

排除される若者たち―フリーターと不平等の再生産
部落解放・人権研究所
部落解放・人権研究所
2005-04

 とはいえ、タイトルをみれば分かるように、フリーターだけではなく、ニートも含まれているようだ。実際、ニート、ニートと言われていても、その姿はかなり曖昧なように思う。わたしの考えだと、

社会的ひきこもり ― ニート ― 離転職リピーター ― フリーター

という大まかな区別ができるように思うのだ。

 とはいえ、この分類は、カテゴリーの定義(社会的ひきこもりの定義は・・・とか、ニートの定義は、・・・とか)から導き出されたと言うよりは、むしろ現状の社会による支援のあり方に基づいて構成されている。

 この分類に対しては、批判がありえる。つまり、そもそも若者に対する支援が必要なのか?という価値の相違に基づくものだ。もちろん、私の立場は、必要だと言うものだ。ただ、「支援」という言い方が、いつも適切だというわけではないが。

 現在の若者に対する言説は、二つの領域にまたがっている。「価値の領域」「方法論の領域」にだ。これは、いまから100年前にウェーバーが『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』で議論したことの反復だ。社会科学は、この「方法論の領域」にしか答えることはできないし、わたしも「方法論の領域」に限定して言及してきた。
 でも、「価値の領域」に関する議論も場合によっては、必要だと感じることもしばしばある。「若者論の価値論争」については、いずれ述べる機会を持ちたいと思う。

 再び、フリーターへのインタビュー調査の現状に戻ると・・・

『週刊読書人』で、小杉礼子編『フリーターとニート』(勁草書房)の書評をさせていただくことになった。方法論の領域で議論すべきか、価値の領域に踏み込んで、議論すべきか・・・。いまの心境だと、書評だから、価値の問題について言及すべきような気はしている。

★7月9日(土)、研究会「職場の人権」の7月例会(於:ドーンセンター)において、『排除される若者たち』(部落解放・人権研究所)に基づいた報告をしていただく。できれば、つっこんだ議論ができれば面白いと思う。わたしは、コメンテーターとして参加。現在、最終調整中なので決まり次第、blogにてアップする予定。

★5月28日(土)~29日(日)、関西社会学会にて、「社会的に排除される若者たち―社会的ネットワークから見たフリーターとニートの規定要因」というタイトルで報告する。若者における社会的ネットワークの意味を検証したいが、ニートに関しては有意な結果はでないかも。

★6月末までには、ニートについて論じた論文を脱稿したいと思う。日本とイギリスの違いを軸に、日本における若年者支援の問題を価値と方法論の二面から、論じたいけど。その際は、社会的排除/社会的包摂の問題系を活用したい。

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2005年04月22日

統計への険しい道のり

4月21日(木)は、統計の勉強会があった。
「ロジスティック回帰分析」を学ぶためで、本当に勉強になった。なるほど~
今度の関西社会学会では、これを使って再分析する予定。
やはり、従業上の地位に関するカテゴリー設定が、大きな鍵を握るようだ。
フリーター/正社員ならぎりぎり大丈夫かもしれないが、無業者(ニート)では、有意な結果はえられないかも・・・
最終的には、論文にまとめようと思う。

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「ニート支援の基本構図」脱稿

 昨日、ようやく原稿を脱稿。

 「ニート支援の基本構図―社会的排除から社会的包摂へ」『青少年問題』6月号

 いままでしゃべってきた考えをコンパクトにまとめました。「脱制度化された存在」としてのニートという考え方を展開しています。

 やはり、

① 日本とイギリスにおけるニート支援の比較
② 大阪におけるニート支援の現状と課題

について、それぞれ書く必要があると感じました。

①については、6月完成を目指して、執筆中。
②については、社会的ひきこもりとの関連を踏まえて、実証的に書きたいと思います。〆切は、未定。
 

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2005年04月09日

第56回関西社会学会@大阪市大、研究発表

 久しぶりに(1年ぶり・・・)、学会で報告する。場所は、第56回関西社会学会。本当は、若年者就労問題か社会的排除をテーマにして、社会政策学会か日本社会学会で報告するつもりだったけど、急遽、発表することになった。

 一般研究報告として、「社会的に排除される若者たち―社会的ネットワークから見たフリーターとニートの規定要因」というタイトルで報告する。報告は、2004年に大学ゼミで行った「大阪大学フリーター調査」のデータに基づいたもので、私をふくめて4人がそれぞれのテーマで共同報告する形になる。
 実は、すでに作成した『報告書』では、クロス集計だけを用いた。つーか、技能不足で、これ以上は無理だったというのが、正直なところだ。したがって、いろいろと問題が残っている。ただ、今回の発表に合わせて、「多項ロジスティック回帰分析」を学んで、再分析をする予定。


◆報告要旨◆

社会的に排除される若者たち
──社会的ネットワークから見たフリーターとニートの規定要因──

大阪大学 樋口明彦
 
1 問題設定

 若年失業者やフリーターの増加など、若者をめぐる雇用状況の悪化が叫ばれて久しい。近年では、ニートと呼ばれる若年無業者の増加も指摘され始めている。だが、日本における若者の不安定な状況は、経済的側面に限られたものではない。
 若者の状況を社会的排除と捉え、そのプロセスを複層的メカニズムとして考察するならば、雇用の脆弱さに加えて、社会的ネットワークの欠落や不安定なアイデンティティなど、社会的・文化的側面を視野に取り入れることができる(樋口 2004a)。
 事実、ニートの特徴として、対人関係の不得意さに着目した分析が多い(玄田・曲沼 2004)(堀 2004)(本田 2005)。また、わが国の場合、社会参加の機会を欠いたひきこもりと呼ばれる若者も決して少なくない(樋口 2004b)。

2 考察

 本報告では、社会的ネットワークのあり方と若者たちの従業上の地位(フリーター/ニート/正社員/派遣・契約)との関係を考察する。考察対象は、2004年12月~2005年1月にかけて実施された「大阪大学フリーター調査」(584名)のデータである(調査の概要は、太郎丸報告を参照されたい)。
 社会的ネットワークの変数として、在学時代の友人や先生との関係、日常生活における相談相手の有無、就職活動経験の有無、社交性に関する自己評価観などを取り上げた結果、在学時代の「仲のいい友だち」や「信頼できる先生」の有無、「きょうだい以外の家族・親戚」や「職場の人たち」との関係、また社交性に関する自己評価観などに関して、フリーターやニートと正社員のあいだに有意な差が見られた。

社会的ネットワーク → 自己評価観 → 従業上の地位

参考文献

玄田有史・曲沼美恵,2004,『ニート』幻冬舎.
樋口明彦,2004a,「現代社会における社会的排除のメカニズム」『社会学評論』217: 2-18.
――――,2004b,「働かない?働けない? ひきこもる若者たちと就労支援」『職場の人権』31: 1-26.
堀有喜衣,2004,「無業の若者のソーシャル・ネットワークの実態と支援の課題」『日本労働研究雑誌』533: 38-48.
本田由紀,2005,「《対人能力格差》がニートを生む」『中央公論』4月号: 82-91.


〇第56回関西社会学会

〇日程 5月28日(土)・5月29日(日)

〇場所 大阪市立大学

〇プログラム

一般研究報告のほかに、以下のシンポジウムがあります。

第1シンポジウム 若者論の可能性、若者の可能性

第1報告 パラダイム転換として長期化する「移行期」を検討する
宮本みち子(千葉大学)

第2報告 ボランティア活動からみた若者論の試み
原田隆司(甲南女子大学)

第3報告 オタク再考
大澤真幸(京都大学)

第2シンポジウム 都市文化の可能性――文化社会学から見た大阪

第1報告 大阪の「笑いの文化」について
井上宏(日本笑い学会会長)

第2報告 在日コリアンと大阪文化-民族祭りの展開-
飯田剛史(富山大学)

第3報告 阪神タイガースファンにみる大阪文化-なぜ350万人も甲子園球場に行くのか?
杉本厚夫(京都教育大学)

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2005年03月07日

「現代中国におけるマックス・ヴェーバー」翻訳

 今日、3月7日(月)、ようやくウェーバーに関する短い論文?レジメ?の翻訳を提出することができた。後延ばしにしていてやばかったが、なんとか。

 中国におけるマックス・ヴェーバー受容の歴史をつづったもの。日本でも、数年前には、大塚久雄や丸山真男らによるヴェーバー受容の歴史的意味を問う著作が話題になっていた。中国での受容は、さすがに基準が違っていて、面白いといえば面白い。中国では、経済発展、反伝統主義、制度改革などが焦点になっている。

 昨年は、『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』が発表されて、100周年だった。というか、『客観性』論文の100周年か!
 実は、まったく気づいていなかったが、先ほど阪大で「東アジアから見たマックス・ヴェーバー:『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』刊行100年」という国際ワークショップが行われたのだ。そこで提出されたペーパーを翻訳しているのが、今回の仕事というわけだ。

 今回の翻訳にアテラレテ、『社会主義』、『職業としての政治』、『政治論集』などをつれづれに再読している。
 具体的な懸案に対して、ヴェーバーが考える理屈や態度を見るのが、面白い。わたしとしては、現在の指針として、社会学者がとる社会政策道について、何らかの示唆が欲しいのが本音だ。ただ、どうしても非常に政治化された問題=価値判断に、議論が集約されていっているように思える。とはいえ、そうした政治的な価値判断を行う理屈として、ヴェーバーが利害集団の力学を必ず見て取っているのも事実。このあたりの手つきをものにするには、習うより、慣れろかもしれない。
 ただ、読み進むにつれて、かつての修士論文『マックス・ウェーバーと社会調査―国民国家形成期における社会政策の諸問題』が思い起こされる。結局、関心は何にも変わっていない。ただ、意匠が変わっただけ。

 今年は、社会学が担いうる社会政策について、意識的に考え、そして実践していこうと思う。

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2005年02月15日

統計との日々

 2月15日(火)、ようやく懸案だった報告書論文を提出。
 タイトルは、「社会的ネットワークから見たフリーターの規定要因:社交関係と自己評価観の検討から」というもの。もちろん、フリーターの規定要因を摘出するには至らず、できる範囲で基本事項を確認したにすぎない。
 社会的ネットワークと若者の関係に関しては、ちゃんと論文のかたちにまで仕上げたいと思う。

 今回は、統計という文法を覚えながら、同時並行して、統計を使った論文を書く。つまり、英語を習いながら、しゃべるのと似ている。そういうとなんか、普通の学習プロセスじゃんと思われるかもしれない。
 ただ、一つだけ決定的に違う点がある。
 つまり、今回の統計論文には「他者による承認プロセス」が決定的に欠けていたのだ(つまり、人に確かめる時間がなかった)。合っているのか、いないのか分からないまま進めるのは、本当につらいもんだと改めて感じる。一人で英語を勉強してもしゃべれんわけだと、妙に納得。

 でも、わたしのなかでは、以前と比べるとずいぶん進歩した。前向きにがんばろう。

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2005年01月01日

《社会学の原則》を求める

coleman.jpg社会理論の基礎〈上〉
ジェームズ・サミュエル コールマン James Samuel Coleman 久慈 利武監訳
青木書店
2004-09


 最近、「社会学の原則」ってなんだろうと感じることが多くなってきた。もちろん、そんなものなくて、その融通無碍さが社会学のいいところだ言う人もいるだろう。ただ、実感として、そうは言っていられないような気がするのだ。

① 《研究者》の経済的基盤

 社会的ひきこもり、ニート、失業者、フリーターなど、若年者に関する言及が急速に増えている。もちろん、私もそれに加担している一人。
 なかでも、若年者就労問題に実務的に関わる機会が増えてくると、《研究者》としての役割と《実践者》としての役割が、とても大きな問題になってくる。つまり、《実践者》としての合理性がどんどん肥大していき、《研究者》としての合理性が曖昧になってくるような気がするのだ。もちろん、わたしの場合、できるだけ「社会学的に」考察するというスタンスは取っている。でも、「社会学的に」って、そもそもどういう立場だ? そこで、社会学の原則への疑問がふつふつと沸いてくるのだ。
 むろん、こうした問いの背景には、《研究者》の経済的基盤が大いに影響している。大学に地位を確保されている研究者なら、こういった過剰な実践への傾斜は「品のない」行為として選択肢に入ってこないだろう。だが、私のように、《実践者》としての活動から生活に必要な所得を得ている場合、研究活動しかしませんという選択肢は存在しない。実際、「品のある」《研究者》生活は、かつて非常勤講師などの教育活動によって補完されていたが、そうした非常勤のポストも少なく、ましてや将来の見通しもない状況で、そうした虚勢をはることは難しい。もちろん、労働条件としての劣悪さも周知の事実である。
 さらに実情としては、大学間の競争が進み、産学協同なんてスローガンが錦の御旗になる現在、大学教員もこの問題に無関係ではない。とはいえ、なかなか研究生活を長く続けた教員が、《実践者》として行動するのは難しい。先日、某シンクタンクの方々と忘年会をしたときにも、そんな話がでてきた。つまり、《研究者》が前提とする学術業績というものさしと、民間企業が前提とする契約・コスト・守秘義務といったものさしがかみ合わないらしい。

② 社会科学と社会政策の危うい関係

 ぐだぐだ書いたけれども、ことは単純。《研究者》の社会的地位を考えなければならない時期が来ているだけだ。それに新しいことでもなんでもない。マックス・ウェーバーが『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』を書いたのが1904年。社会学の創成期においてすでに、社会科学と社会政策の危うい関係は意識されていた。ウェーバーは、「客観的な認識」という公明正大な題目が、いかにある特定の価値観に基づいた社会政策として機能するのかを指摘した。つまり、誰にでも利害をもたらすようなよき「価値」など存在しない。ウェーバーは、あらゆる認識が何らかの「文化的価値」に依拠すること、そして社会科学的な認識と「文化的価値」との関係を認識して、提示することにこそ「客観性」を見出したのである。つまり、ウェーバーが問い続けた認識論的枠組みは、国民国家の登場という政治的変動を背景にしていた。
 このような危うい関係は今も続いている。若年者問題に関わる上で、わたしはどんな価値にコミットしているのか、その判断はどういう帰結をもたらすのか、考える必要があるのだ。さらに、これからは《研究者》と《実践者》がいっそう密接な関係を持つようになるだろう。少なくとも、わたしはこの結びつきを、むしろプラスに評価するし、積極的に担いたいとも思っている。

③ 「社会学」という曖昧な対象

 そうした時にふと思い浮かべるのが、「社会学の原則」って問題だ。社会学の共通遺産は、ウェーバー、デュルケム、パーソンズと固有名に付随したものが多い。つまり、「社会学の原則」は、どうしても社会学史になってしまうのだ。これは、定番の教科書が少ないことにも現れている。
 さらに、社会学の対象領域の雑多さが、「社会学の原則」の曖昧さに拍車をかけている。何でも、「社会学的に」分析はできる。でも、どのへんが社会学的なのか。経済学ではない、法学ではない、哲学ではない、云々。
 こうしたことを考えるきっかけとなったのは、経済学における近年の動向にもある。経済学には疎いので、正確にはなんともいえないが、リフレ派による経済学啓蒙書が数多く出版され、話題になっている。彼らの一つの大きな基盤の一つが何を隠そう、教科書に還る、経済学の基本に還るというものだ。もちろん、異論もあるだろうが、これが機能しているように思える。
 では、社会学はどこに還るべきなのか? いまのところ、こうした経済学への動向に少しでも対応したものは、パオロ・マッツァリーノ『反社会学講座』だろう。とはいえ、これも個別テーマに対する切込みに過ぎない。

④ で、どうするよ?

 とういうわけで、基本に立ち返ろうとする次第。とりあえず、いまや古典となっているジェームズ・コールマン『社会理論の基礎』を年末から読んでいる。良かれ悪しかれ、基礎を考えてこそ、《研究者》と《実践者》が交差する混沌からの出口も見えてこよう。
 実は、もう一つ目的があって、社会的排除の問題をもう少しフォーマル化して考えたいと思っている。社会的排除って、もっとも単純に考えれば希少財の抱え込みだから。合理的選択理論は、考える手助けになるだろう。
 《研究者》キャリアをマックス・ウェーバーからはじめたけれども、あえてウェーバーをはずして行くことにしたい。というのも、ウェーバー研究の磁場は強力すぎるからだ。
 むろん、「社会学の原則」への旅が簡単にうまく行くわけがないだろう。しかし、社会政策という権力とお金に強く関わるときにこそ、学問の力を借りてみよう。少なくとも、原則がなければ、社会が間違っているのか、自分が間違っているのかすら分からないではないか。間違っていれば、批判も受けよう。で、考えよう。それでも間違っていれば、直せばいい。その義務こそが、いま必要に思える。

社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」
マックス ヴェーバー Max Weber 富永 祐治 折原 浩 立野 保男
岩波書店
1998-08


反社会学講座
パオロ・マッツァリーノ
イースト・プレス
2004-06-20


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2004年12月30日

ニートについて書く/書かれている

 今日、ようやく「社会的ひきこもりからニートへ?」の校正作業を終了。Tさんに、早速お渡しする。遅くなって、ご迷惑をおかけしました。それに自分の報告の部分をかなり書き直してしまった。というのも、少し視点を変えて、ニートに関する論文を正月休み中に書こうと思っていたため、いろいろ考えながら校正していたら、結局どんどん書き換えることに。ほんと、編集してくださるNさん、申し訳ありません。いずれ、埋め合わせたく思います(できるだろうか・・・)

 新たに書く論文は、イギリスでの報告書の類を押さえて、まとめることにしたい。イギリスと日本の比較を通じて、日本におけるニート問題を、私なりに再構成することができるのではないか。

 この機会に、最近日本で出版されている不平等問題にまつわる書籍も、もう一度フォローしようと思う。

 あと『日本労働研究雑誌』12月号(労働政策研究・研修機構、2004)で、ニート(若年無業)特集が組まれている。労働政策研究・研修機構のHさんに送っていただいた。本当に、ありがとうございます。最高のタイミングです。
 実際、ニート、ニートとメディアで騒がれるようになっても、基本的な統計データがほとんど欠けているのが実情。小杉さんの論文が議論の前提を提供してくれるので、ずいぶん展開がしやすくなるような気がする。
 さらに、社会的排除も取り上げられているし、必読です。

『日本労働研究雑誌』12月号の目次

●提言

「無業者・ニート対策の基本的提言」
  工藤定次(NPO 法人青少年自立援助センター理事長)

●論文

「若年無業者増加の実態と背景―学校から職業生活への移行の隘路としての無業の検討」
  小杉礼子(労働政策研究・研修機構副統括研究員)

「社会的排除と若年無業―イギリス・スウェーデンの対応」
  宮本みち子(千葉大学教育学部教授)

「大学生のキャリア選択―その心理的背景と支援」
  安達智子(大阪教育大学講師)

「無業の若者のソーシャル・ネットワークの実態と支援の課題」
  堀有喜衣(労働政策研究・研修機構研究員)

 あと、『社会科学研究』第55巻第2号(東京大学社会科学研究所、2004)で、ニート問題が「フリーターへの新しい研究視角」として取り上げられている。

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2004年12月24日

「グローバリゼーションと社会的排除」脱稿

 さきほど、ようやく懸案だった「グローバリゼーションと社会的排除―メンバーシップの再編をめぐって」を脱稿しました。なんだかんだで、すごく長引いた論文です。やっぱ、こういうもんは書いてすぐに出さないといけません。まだ、校正作業が残っていますが、とりあえず。

目次

1.はじめに――対立から断絶へ

2.グローバリゼーション論争
 2-1.グローバリゼーション解釈の3類型
 2-2.グローバリゼーションの多面性

3.グローバリゼーションによる空間の再編
 3-1.複数の境界――シティズンシップからメンバーシップへ
 3-2.トランスナショナル化
 3-3.グローカリゼーション

4.グローバリゼーションと社会的排除
 4-1.排除された内なる場――グローバル都市
 4-2.排除された外なる場――情報資本主義のブラックホール

5.おわりに――アクセスをめぐる争い

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2004年12月20日

第2回「シティズンシップ研究会」

 12月20日(月)は、一日中、「シティズンシップ研究会」だった。
 共通テーマは、国民国家社会におけるシティズンシップからグローバル社会における人権への推移を多面的に考察するというもの。

 もともと、社会的排除は、「シティズンシップの否定」として、もっとも端的に表現できる。わたしの論文「現代社会における社会的排除のメカニズム」では、シティズンシップを社会的排除の政治的側面として取り扱った。
 とはいえ、こうした議論の射程は、あくまで「豊かな社会」の社会的排除の問題にすぎず、世界にまで拡大しつつある不平等を視野に入れるのは難しい。これは、この論文の限界だった。つまり、世界における社会的排除や貧困(ここで、再び「貧困」概念の有効性を問わなければならないかも)の問題は、いわゆる概念としての「社会的排除」から排除されているのかもしれないのだ。
 不平等問題を「貧困から社会的排除」あるいは「絶対的貧困から相対的貧困」への移行として、「時間」に沿って捉えなおすだけでなく、むしろそのような変遷が、実は北と南という「空間」の分割によって規定されている可能性を考えたい。
 もちろん、これは貧困、開発、第3世界という伝統的なテーマなんだけど、いままでいい議論の枠組みを見つけることができなかった。でも、今回、人権という概念を導きの糸に使えば、整理できるんじゃないかと思いついた。
 冒頭の研究会の共通テーマに戻れば、社会的排除アプローチの有効性が、「国民国家社会におけるシティズンシップ」に依拠するとすれば、「グローバル社会における人権」に基づく社会的排除アプローチは、いかにして可能なのか? その射程は?

 わたしの論文テーマは、「グローバル・ジャスティスとしての人権と社会的排除」ということになるだろう。不勉強な領域がかなり含まれているので、早めに準備作業に入らなければ。2005年1月の第3回研究会で、とりあえずの報告をする予定。

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2004年12月13日

「社会的排除とコミュニティ」

 12月10日(金)は、「社会的排除とコミュニティケア」研究会において、拙稿「現代社会における社会的排除のメカニズム:積極的労働市場政策の内在的ジレンマをめぐって」をもとに報告。
 ディスカッションを通じて、次の論文構想もはっきりしてきた。テーマは、「社会的排除とコミュニティ」。このテーマに関しては、すでに草稿があるので、早めに形にできるはずだ。

 報告後は、本論文の3.2「地域コミュニティにおける社会的ネットワークの構築」に質問が集中した。その質問は、「コミュニティってよく言われるけど、結局どういうものなの?」と言い換えることができる。
 わたしの考えでは、地域コミュニティとは、ともすれば選別的=排他的な性格を強めかねない「積極的労働市場政策」に対する緩衝材の役割を果たすもの。だが、コミュニティの位置づけや役割が、まだ明確でなかったのも事実。したがって、次の論文では、コミュニティ概念をはっきりと分節化しなくてはならない。

1.いま、なぜコミュニティが問われるのか?
2.コミュニティとは何か?
アソシエーションとコミュニティ(社会学の古典的な概念的区別を振り返る)。
3.コミュニティの役割は?
①機能   インフォーマルな社会的包摂
②範囲   近接性proximity
③アクター 多元的アクターによるパートナーシップ
4.社会的排除/社会的包摂におけるコミュニティの4類型
5.新たなコミュニティの登場?

 最終的には、現在のコミュニティ概念の変遷を通じて、新たな社会関係のあり方を提示したいが、そこまでは無理かも。
 でも、社会的包摂におけるコミュニティの役割は押さえる必要がある。それに、日本における若年者問題を考える上でも、理論的背景として考察しなければならない。「社会的排除」9部作の第三弾。

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2004年11月23日

準備作業「しかし、本来的意味としての「ひきこもり」は今も長期化し続けている」

ずいぶん、ご無沙汰です。今度の11月28日(日)にやる第2回パネル・ディスカッション「分岐点に立つ「ひきこもり」」の準備作業として、冊子『「ひきこもり」への視線』(淡路プラッツ)をまとめました。当日の議論に関係すると思いますので、アップします。

『「ひきこもり」への視線――淡路プラッツからの問題提起――』

淡路プラッツから見た「不登校=ひきこもり問題」の系譜

●第1期:学校適応=登校拒否
「いかにして早く学校復帰をさせるのか」

●第2期:子どもの主体性=自己決定
◆フリースクール(東京シューレ)
「子どもの主体性が芽生えるのを待つ」⇒「自然に出て行く」
「学校に行かない生き方」
だが、「9割の子どもが、開設から5年経っても残っていた」

第3期:社会的介入の新たな形?=ネットワーク(1998年)
 ◆「もう「待つ」議論はやめたい」(淡路プラッツ)
「一人一人を大切にする」
「複数の機関で一人の子どもを重層的に支援する」
 ◆支援のあり方を変える
①ネットワークの整備
・何らかのかたちで社会に出て行く
・医療機関への接続
・共同生活への移行
②若者のニーズの多様化に応える
③「プログラム利用」個人の選択肢を整備
 ◆支援のあり方を変えた背景
①フリースペースへのひきこもり(「家の亜流」としてのフリースペース)
②高年齢化
③外出プログラムの強化(旅行や就労研修)
④通所年限を設ける(24歳以下は2年、25歳以上は1年)
⑤仕事に対するイメージの希薄さ(遊びの次に仕事がある)
⑥「領分」をわきまえる

●「スタッフに出来る事」金城隆一
専門家への依存はするべきではない
当事者同士の交流の重要性
他のサポート施設の紹介
保護者のケアの重要性
長期的なスパンで見ることが必要
フリースペースは、家に近い場所である

●「「ひきこもり」流行の裏側」田中俊英
登校拒否
不登校=フリースクール
ひきこもり
自己決定のパラドックス「気づいたらひきこもっていた」
カウンセラーの増大(ロジャース流の無条件の肯定)
共同生活
ひきこもりという曖昧な対象

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2004年10月26日

ニート/リンク集

◆平成16年度、労働経済白書「付2-(3)-13表 若年層の無業者数」として、ニート数が記載(2004/09/13)

◆平成17年度、厚生労働省予算概算要求の主要項目「若年者を中心とした「人間力」強化の推進」が記載(2004/08/27)

◆平成17年度、厚生労働省予算概算要求、事業評価書新規政策のうち、事前に事業評価を実施したものを記載(2004)

◆『人間力戦略研究会報告書』
「若年者を中心とした「人間力」強化の推進」の根拠となっている報告書(2003/04/10)

◆『学校から職業への移行を支援する諸機関へのヒアリング調査結果-日本におけるNEET問題の所在と対応-』小杉礼子・堀有喜衣、日本労働研究機構。ニートに関するディスカッション・ペーパー。日本における最も早い報告書(2003/03)

中学生も職業体験 ニート対策で若者自立プラン
ニート対策の「若者自立塾」、来年度事業に

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2004年10月22日

「不安定雇用と失業が社会的孤立に与える影響」ポーガム&ラッセル

Paugam, Serge & Russel, Helen, 2000, "The effect of employment precarity and unemployment on social isolation," Duncan Gallie & Serge Paugam eds., Welfare Regimes and the Experiences of Unemployment in Europe, Oxford: Oxford University Press, 245-64.


【レジュメ】

序文

社会的絆に対する四つの質問(ECHP)

1.隣人の誰かと、どのくらい話しましたか?
2.同居していない友人や親戚と、どのくらい会いましたか?
3.1993年に、親戚、友人、その他の知り合いから財政的援助を受けましたか?
4.何らかのクラブや組織のメンバーですか?

分析は、雇用の不安定性と失業が社交性の三つの側面、①家族や世帯の関係、②隣人との関係、友人や親戚との交流、③組織やアソシエーションへの参加に与える影響に対してである。

社交性の第一の局面

最も重要な点は、一人暮らししているかどうかである。確かに一人暮らしそのものが、社会的ネットワークの弱体化を意味しているわけではない。だが、一人暮らしの失業者が友人や社会組織との関係を絶った場合、排除のリスクは高まる。
貧困線以下の失業者のうち、デンマークでは46%がひとり暮らしをしている。ドイツは37.3%で、スペインは2.2%にすぎない。幾つかの国では、一人暮らしの確率は、雇用地位の不安定性が高まるにつれて増していく(デンマーク、オランダ、ドイツ、イギリス)。
ロジスティック解析でも、デンマーク、イギリス、オランダは有意な結果を示している。

社交性の第二の局面 
→地域コミュニティ

1.近隣との社交性
失業体験中において、近隣の社交性の低下は観察されなかった。逆に、増加を示している。

2.家族や親戚との交流
いくつかの質的調査では、失業によって社会関係の変化が生じることが指摘されている。Paugamによれば、失業者が職を得たと同時に、家族との関係がよくなる。また、Gallieらによれば、失業によってパブや映画館に行くことが少なくなる。ほとんどの国では、失業者の方が、労働者よりも友人や親戚と交流していた。
特徴的な点は、多くの国で、失業者の多くの割合が、常勤雇用の人々よりもほとんどの日に親戚や友人と会っている。性、年齢、教育程度、世帯構造、地域の荒廃度を考慮すると、①フランス、ドイツ、ギリシア、アイルランドでは、長期失業者は常勤者よりも友人に会わない。②デンマークやイタリアでは、その逆である。一人暮らしは、友人との社交性に対してプラス効果がある。
最終的に、失業期間において、社会関係の崩壊はヨーロッパの数少ない国で見られるだけである。社会的剥奪のプロセスは他の国では見ることができない。

3.社会・家族によるサポート
社会的ネットワークの効果を計るには、社会・家族による財政援助を調べる必要がある。長期失業者においては、南ヨーロッパで有意である(家族による連帯)。また、年齢(25歳以下)特にが、財政援助に関係する。

社交性の第三の局面 
→クラブやアソシエーションのメンバー

おおむね、北ヨーロッパ諸国のほうが、参加率は高い(デンマーク59%、ギリシア13%)。ドイツでは、失業が組織への参加にもたらす影響力が大きい(正規雇用57%→長期失業者30%)。

スティグマの説明

失業は、南ヨーロッパではスティグマになりにくいが、北ヨーロッパ(特にフランス、ドイツ)では、スティグマになりやすい。つまり、社会的地位は職業活動に直接依存し、その喪失は個人と人々のあいだの隔たりの意識を感じさせるようになる。

結論

社会的隔離に対する雇用の不安定性や失業の影響は、フランスでもっとも強い。しかしながら、完全な意味では、失業者の社会的隔離がドイツで最も進んでいる。この国では、世帯の中で孤立している。

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2004年10月20日

教育扶助手当とは何か?

What is Education Maintenance Allowance (EMA)?

[全訳]

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『制度の衰退』フランソワ・デュベ

Dubet, François, 2002, Le Déclin de l'institution, Paris: Seuil.



[部分訳]

2.制度的プログラムの衰退

原則の異種混交性

矛盾する原則

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報告書が刊行されてから、何が起こったか?

What's happened since the report was published?

[全訳]

報告書Bridging the Gap(1999.7)の公刊以来、もっとも重要な変化には、以下のものがある。

1.コネクションズConnexions
13~19歳のすべての若者に、その人に合ったアドバイスとサポートを提供する新サービス。とりわけ、もっとも支援が必要な者に焦点を当てる。このサービスは、2003年の春までに、イギリスにおける43すべてのパートナーシップ・エリアに行き渡っている。コネクションズのパーソナル・アドバイザーは、若者が、教育・職業訓練・仕事を通じて大人になっていくように、問題に取り組むのを手助けする。

2.教育扶助手当Education Maintenance Allowances
教育扶助手当は、試験的に運用されていたが、2004年9月から全国で利用可能となる。家族の所得があるレベルを超えずに、フルタイムで教育を受けている若者は、一週間に30ポンド(約6000円)まで受け取ることができる。これらの政策提案は、若者への資金援助システム全体を改編するために整備された。

14~19歳までのカリキュラムにも、重大な変化が見られる。職業科目のGCSEsやE2E、つまり標準コースに入る準備のできていない16歳以上の若者向けプログラムなどである。2004年秋に報告されるはずの14~19歳の改革に向けたワーキング・グループは、若者の職業資格やカリキュラムの改編に向けた提案をする予定である。ワーキング・グループの課題の多くは、教育や職業訓練を受ける上で重大な障害に直面している人々のニーズを満たすことにある。
これらの変化は、教育にも、職業訓練にも、仕事にもついていない多くの若者の問題を克服するのにも関係している。
状況改善のしるしがいくつも生まれてきている。2004年3月に発表された国立会計監査院National Audit Office の報告によれば、コネクションズは、2002年11月~2004年11月のあいだに16~18歳のニートの割合を10%まで削減することに成功しつつある。さらに、コネクションズは、学習や仕事に携わっている若者に対する情報の質を大きく改善した。

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2004年10月19日

Mixed Income Communities

地域における隔離(空間による社会的排除)を回避するための政策

MIXED INCOME NEW COMMUNITIES (MINCs)

[部分訳]

「新たなコミュニティの多くは、社会的隔離を助長するやり方で作られている。このプログラムの目的は、新たに開発されたすべての住宅が所得水準が混合したコミュニティmixed income communitiesになるように、国と地方レベルで政策と実務を変えることにある。
所得水準が混合したコミュニティとは、資産や、場合によっては居住者の属する社会経済的グループが、所有物や彼らの住むコミュニティの特徴によっては簡単に、あるいはすぐに分からないコミュニティを意味する」。

Developing, managing and maintaining mixed income communities: A guide

Mixed Income Communities Initiatives

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2004年10月05日

「NEETへの取り組み」イアン・ポッファム

Popham, Ian, 2003, "Tackling NEETs", Connexions Research Report no.CNX R 01 2003, National Evaluation and Research Strategy.



[全訳]

「NEETへの取り組み-NEETの削減に寄与する活動とその他の要因に関する研究-」

1.序文と背景

1.最近公刊されたコネクションズのビジョンと優先事項に関する声明では、16~18歳のNEET数の削減に焦点を当てなおした。学習への参加がここ数年にわたって増加しつつも、同時期に、わが国のNEETである若者の割合は「約10%」のままであり続けた。

2.財務省やその他の機関は、NEETの割合が減るかどうかに基づき、次期より二期にわたる支出報告書のなかでコネクションズの効果について判断を下すだろう。いまや、パートナーシップは、2004年までにニートの割合を10%まで削減する包括的目標を立てている。

3.運営に関する情報や業績報告によれば、効果的にNEETに影響を与えるサービスを組織することに関しては、パートナーシップの進行度合いはそれぞれ異なっている。パートナーシップがNEETと呼ばれる人々に浸透しているところがあれば、うまく行く理由を特定して、その情報を他のパートナーシップに知らせる必要がある。

2.調査の視点と目的

1.この調査は、選ばれたコネクションズ・パートナーシップのなかで、NEET削減にうまく寄与する活動やそのほかの要因を特定して、報告するものである。

2.この研究では、以下のような領域を取り扱って、レポートする。
マッピングと特定化
介入
組織的要因
効果的な提供
その他の要因

3.この調査のアウトプットの一つは、NEET戦略にまつわる短い「チェックリスト」である。さらに、この研究は、後日のいっそう詳細な調査に適した事例やケースを特定することも意図している。

3.方法論

1.役人との委員会会議でにおいて、調査は限られた数のパートナーシップに集中して行われるべきであることが了承された。それらは、NEETへの影響力が情報として確認されているフェーズ1から選ばれる。時間の制約のため、訪問するパートナーシップの数は限定されるが、パートナーシップ・モデルによる成果(直接支援VS請負契約)を分析する意図は決してなかった。

2.調査の性質からして、可能な限り、パートナーシップを訪問して、キー・パーソンとの半構造化された議論を行うように決めた。議論された話題のリストは、話し合いに先立ってEメールで送った。

3.この調査は、18の広報で掲載されたため、追加的な調査をすることとなった。結局、7つのコネクションズ・パートナーシップに訪問を行い、東内陸部の責任者と上級管理者を集めた会議を行った。さらに、ほかの三つのパートナーシップと下請け業者に対して、電話による話し合いを行った。これに関するパートナーシップの詳細は、付録2に記している。

4.この報告書を通じて、「NEET」への言及はしばしば行われ、それに代わる言い方はもっと多い。ただ注意すべきは、このような言い方は、さまざまな理由で援助や支援を必要とするさまざまな若者を指し示すための便利な略記法にほかならないということである。

4.結論

この調査は、コネクションズ・パートナーシップの数少ないサンプルに基づいているが、以下の二つの要因の相関関係は明らかである。①NEET削減と、②「すっきりした」活用しやすいマッピング、記録と分析、詳細なプロセス/手続き、他の関連機関・地域学習・技能評議会LLSCs・事業者との強くて効果的な連携である。

コーホートの効果的なマッピング
コネクションズ・パートナーシップが設立されて以来、NEETに関する情報の量や質は大きく改善した。もっともいい例として、パートナーシップによる洗練されたITシステムの活用によって、目標グループに対する知識が増し、詳細な分析が可能となった。

資源を定める
コーホートを包括的にマッピングすることによって、いっそう効果的な目標設定が可能となり、さらなる支援や適切な提供が必要であることがはっきりする。学校への資源配分を支援するためにNEETに関するデータを利用することはいっそう一般的なものとなりつつある。またそれによって、学校のマネージメントによるNEET支援もはっきりしてくる。パートナーシップのなかには、NEETになる学卒者が多い場合、学校が追加的な支援を受けているところもある。

なぜ若者がNEETになるのかを理解する
NEET集団は均質ではない。パートナーシップが、ふさわしいやり方でさらなる努力をしようとするなら、さまざまな若者をNEETにする要因への詳しい知識が決定的に重要となる。それによって、現場の者たちは、集団それぞれに応じた解決法を生み出すことが可能となる。
16歳以上になって学校教育や職業訓練を出たり入ったりする若者の「解約率」、さらには数多くのNEETを排出する支援機関providerの背後にある原因を理解するには、パートナーシップのさらなる作業が必要だろう。NEET常習者の分析を通じて、相対的な成功率に基づいてパーソナル・アドバイザーへのフィードバックが可能となり、継続的な介入もいっそう効果的に行われる。さらに、NEET工場のように見える就労体験学習機関への支援も可能だろう(もちろん、NEET集団にとって就労体験学習機関はとても助けになるだろうし、地域における就労体験学習機関だけが支援が、もっとも困難な者に対して仕事の準備を提供できるだろう)。

質的データを提供するパーソナル・アドバイザーの能力開発
多くのパーソナル・アドバイザーと支援スタッフが情報入力をして、エラーの余地が増えるにつれて、パートナーシップによるデータベースの精度に問題が生じる。たとえ、IT技術が日常作業を助けて、スタッフの各メンバーがシステムの恩恵を受けているパートナーシップが問題を報告せず、システムをNEET戦略に必須のものと見なしているとしても、そこにスタッフ研修やデータ管理の問題が生まれうる。
パーソナル・アドバイザーに対する整備のあり方は、その地域におけるニーズを把握することにつながる。調査を行ったパートナーシップでは、徐々に「包括的な」パーソナル・アドバイザーを志向して、たとえ突然ではないにしても、専門的な役割と一般的な役割を兼ね合わせるようになってきた。こうした動きのなか、パーソナル・アドバイザーは、専門技術や知識の分野を維持・開発していくように促され、「内的参照」システムが開発されるようになった。

パートナー間における効果的なデータ共有
確かに多くのことがなされたとはいえ、他のパートナーに対する効果的なデータ転送プロトコルの開発に関しは、いまだすべきことが山積している。この分野においてかなりの成功を収めているパートナーシップもあるが、いまだ困難を感じているパートナーシップもある。プロトコルを承認して、それに署名することは、簡単なプロセスでもないし、多くの月日がかかる。まったく役に立つ情報がないときには、機密性問題に関する文化的差異や諍いの事例には事欠かない。しかしながら、地域レベルにおけるインフォーマルな関係は、若者に関する効果的な支援としばしばなりうる。

効果的な予防行動
リスクのある若者や支援の必要な若者を把握するために、まず「フォーカス作戦」として、パートナーシップは学校のなかに制度をうまく作り出した。支援をうまく対象に向けるためには、診断による手続きをふまえることが役に立つ。また時宜にかなった介入が、NEETになる学卒者の削減に寄与しなくてはならない。しかしながら、潜在的な問題を把握するには普遍的なサービスの効率性を、いまだに配慮する必要性もある。また、これが「予想外のNEET」にいたるかもしれないとの危惧もある(ステルスNEET?)。

地域学習・技能評議会LLSCs:Local Learning & Skills Councilsや支援機関providersとの協働
地域学習・技能評議会が設立して以来、パートナーシップとの効果的で生産的な連携が進んでいる。二つの組織は、NEETの削減と社会参加の増大という共通の議題を共有している。イニシアティヴの一つは、一般的なコミュニケーションの改善とともに、NEETへとはっきり対象設定した戦略の開発を導入している。NEET集団についての詳細な情報をもったパートナーシップは、いっそう直接的にサービス提供の責任をおった他機関に影響を与えるようになってきている。

5.詳しい成果

マッピングと特定化

1.NEETの持続的削減を支える共通要素は、そのグループ、そして同じく重要なのだが、NEETになる「危険性がある」と感じているクライアントに関する正確で詳細なデータを使えるかどうかなのである。

プロセス

2.

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2004年10月03日

「社会参加と就労について」樋口明彦

先の「職場の人権」での報告でも指摘されたように、若年者(社会的ひきこもり、ニート、フリーター、正社員…)の自立支援において、
①社会参加のもつ意味
②就労のもつ意味
③社会参加と就労の因果関係
については必ずしも自明ではない。以下では、各項目ついて、簡単に整理することにしたい。

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2004年09月29日

「ニートの数は増え続けている」ポール・ビヴァンド

Bivand, Paul, 2003, "NEET figures continue to rise", Working Brief 150, Centre for economic & social inclusion.


問題への取り組み

レポートによれば、ニート集団には、繰り返しニートになる若者も含まれている。言い換えれば、彼らは職業訓練や軽い仕事を始めても、だいたいすぐまたニートになってしまう。つまり、「ニート常習者NEET recidivists」なのだ。


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